| 冬季を中心に急性胃腸炎を起こすノロウイルスが注目されている。04年〜05年には、老人保健施設などで、患者間、あるいはスタッフを巻き込んだ流行が各地で報告された。 ノロウイルスは汚染された手や食品を介して人体に入り、下痢、吐き気、嘔吐などをきたすRNA型ウイルスである。30年以上前から知られていた病原体であり、命に関わるほど重症化することも少ないため、マスメディアの注目を集めることは稀であった。しかし近年になって遺伝子検査等で容易に確定診断できるようになったため、集団発生を起こす病原体として、にわかに脚光を浴びるようになったのである。 認知症(痴呆症)にかかった患者さんが、自らの排泄物を手で触れたあと、歩行時にドアや廊下の手すりを触り、同じ場所を触った他の患者に感染…などという事例も報告されている。経費節約の号令下、必要最小限のスタッフで運営する施設が多い中、いかに感染拡大を防ぐかは大きな関心事である。しかし流行の最中、なぜか感染とは無縁の人たちが存在し不思議に思われたことはないだろうか? 最近の研究によると、ノロウイルスによる急性胃腸炎の感受性(やられ易さ)には個人差があり、血液型が重要な因子らしい。 ノロウイルスに限らず、ウイルスはヒトなどの細胞に付着、侵入し、その内部で自らの遺伝子を増やす。細胞に付着するにはそれ相応の「とっかかりとなる足場」が必要である。ロッククライミングをする際に、岩の出っ張りが重要なポイントになるのと似ている。好みの足場がクライマーによって異なるように、ウイルスによって好みの糖鎖抗原が異なるという訳である。 紹介した総説によれば、消化管粘膜の細胞表面に提示されている糖鎖抗原が、その「足場」に相当する。90年代になって、無症候性キャリアの存在が明らかになってきた。すなわち、ウイルスが体内に存在しているにも関わらず、消化管症状は出ないおトクな人々である。厄介なことにキャリア達は、症状がないにも関わらずウイルス持ち、排出するため、仮面をかぶった媒介者となりうる。キャリアが発症しないのはなぜか?その理由は生まれつき持っている細胞表面の糖鎖抗原が、ノロウイルスの好みではないためである。 ノロウイルスに限らず多くの病原体は、付着する際、細胞表面の糖鎖を足場に利用する。インフルエンザウイルスでのシアル酸、ヘルペスウイルスのヘパラン硫酸、などはその代表例。細菌でも黄色ブドウ球菌のルイスa抗原、ピロリ菌のルイスb抗原、さらに結核菌でもI およびi抗原などが細胞に付着するため利用される。 考えてみれば、人間にはいろいろな血液型があり、輸血の際に問題となる。どうしてこのような豊富なバリエーションが存在するのか? 糖鎖研究の第一人者である箱守仙一郎は、将来現れるであろう未知なる病原体の攻撃に対し、感受性を持たない(かかりにくい)集団を確保するため、と唱えている。銀行がリスクを避けるため、投資先を多様化させる如く、人類もいろいろな形質を持つことで生き残りを図っているのであろう。 さて、ノロウイルスはどの糖鎖がお好みなのであろうか? 著者らの結論では、血液型O型およびA型がもっとも発症リスクが高いという。逆にB型で、さらにルイスb陰性の人は、感染はするが発症しにくい。これらの糖鎖抗原は小腸粘膜の上皮細胞、赤血球や唾液などに認められる。キャリアになるのは、B型人間が多いということになる。 これを生かせば、患者に近づいても比較的安全な人の選定に役立つかも知れない。ただし本人が発症していなくても、病原体を持っている可能性は充分考えられる。それどころか知らない間にノロウイルスを蒔いてしまう可能性すらある。何しろノロウイルスは感染力が強く、健常成人でもわずか10個のウイルス粒子で症状を起こし得るのだ。 やはりノロウイルス対策の基本は、手洗いと、適切な糞便の処理、さらに接触場所の消毒を中心とした接触感染予防策である。この研究を手がかりに、ノロウイルスのワクチンや特効薬開発が促進されるよう望みたい。 |
| 追加コメント ノロウイルスの検出は当社で受託可能。糞便を検体にウイルスに特異的な核酸を検出する。血液型検査(ABO型、ルイス型)も受託可能である。 |
| 文献: Ann M Huston, Robert L Atmar, and Mary Estes: Norovirus disease: changing epidemiology and host susceptibility factors. TRENDS in microbiology 12 (6) 279-287, 2004. |